M チーム 山行記録

月夜のビバーク
南アルプス・荒川3ルンゼ


山行番号5884
山行地域南アルプス・荒川3ルンゼ
山行内容アイスクライミング
山行期間2003/02/09(夜) 〜 2003/02/11
参加人員L北山 杉山


 南アルプスの荒川3ルンゼには3本のルートがあって、その中でもっとも取り付きやすい「右のナメ滝」というルートを登りました。見事なというか不気味なというか、青く輝く立派な氷瀑です。
 実質登攀は5ピッチで、「サクッ」という音をたててピックが食い込むと、何ともいえない快感にとらわれます。ただ、午後からは氷が甘くなってきて、少々不安になる一面もありました。
 この日は終了点に出たのが遅くなったので、上でビバークすることになりました。酒やつまみは取付にデポしてあったので、少々寂しい一晩でしたが、クライミングそのものは十分に満喫できました。

(北山 記)


 多少覚えたコツを忘れないうちに身につけるべく、南アルプスは野呂川水系の一支流、荒川3ルンゼへむかった。めざせ氷のマルチピッチ。

2月10日 曇り
 3ルンゼ右のナメ滝 「♪コツコツとアスファルトに響く、足音を踏みしめながら……。」暗いトンネルにこだまする2人の足音をききながら、僕の頭には長渕剛の「とんぼ」がリフレインしていた。長い林道歩きを経て、野呂川発電所の手前で荒川出合に到着。ここから荒川沿いの林道へ入り、2本目のルンゼが3ルンゼである。ルート解説にあったとおり、灌木の間に氷柱が見える。
 登攀具を身につけ、装備一式はデポしてルンゼに入る。ぐさぐさに腐った雪は、まるで5月の北アルプスのようだ。200〜300mほどラッセルすると、左岸の支流に発達した、氷瀑の全景が望まれる。今回のターゲットである「右のナメ滝」。下から見ると何となく傾斜が緩く、行けそうに見える。その左手にある「アーリースプリング」は、岩肌にへばりついたような細長い氷の帯だ。傾斜が強く難しそうだが、どこか貧相で、登攀意欲は沸いてこない。これらとは小さな枝尾根を隔てた左手に、「夢のブライダルベール」がある。数十メートルにおよぶ巨大なつららで、あんなものを登る人の気が知れない。
 さて取付には適当な支点がなく、少し手前の灌木をアンカーとする。ざっとみたところ、思ったほどブッシュは出ておらず、ロックハーケンを打てそうなところもない。スクリューハーケンを5本しか用意していないことを、今更ながらに後悔した。
 1p、ゆるいナメから登攀開始。氷が硬く、ピックがしっかりきまって気持ちいい。取付の位置が悪かったか、切り立った氷のど真ん中で「ザイル一杯」のコールを浴びる。仕方なくスクリューハーケンとピッケル各1本でアンカーをとる。プラブーツの半分くらいが収まる程度のステップを切るが、こんなところでスリップしたら、制動確保もままならない。こういう支点の不安定さが氷の怖さだとつくづく思う。
 2p、だんだんバイルの扱いにも慣れてきて、左岸の立木めざして順調に右上。傾斜変換点の手前で、少し短めだがピッチを切る。立木にアンカーをとると心底ほっとする。
 3p、出だしから切り立っている。傾斜は70゜〜80゜程度だろうか。腕を大きく振りかぶると背中から落ちそうで、どうしても氷にへばりついてしまう。スナップを最大限きかして、ジリジリとはい上がる。
 スクリューハーケンにスナーグと、ありったけのギアをつぎ込んでランニングをとる。右手のピッケルを打ち込んでフィフィをかけるが、とてもこんなものに体重を預ける気にはならない。アイゼンを蹴り込んで、小さなステップを切っては支点作り。そんな作業の繰り返しだから、時間がかかってしかたない。
 50mザイルをのばすと5本のハーケンなどアッという間になくなり、しかも立木も見あたらない。多少傾斜がゆるんだ地点で、ダブルアックスでアンカーを取る。立ちやすいところを選んだつもりだが、うっかり足を滑らせてアンカーにぶら下がってしまった。
 杉山さんは今日のためにアイス専用アイゼンを新調した甲斐あったか、好調に登ってくる。時折微妙にテンションがかかることもあったが。
 4p、見上げる頭上に大きな氷が垂れ下がっている。これで最終ピッチかな?と気合い一発。だが、勢いよくこれを乗越すと、前方にはさらに見事な青氷。のっぺりとした雪原をつめ、氷の壁の足下でピッチを切る。たった1本、か細くのびる立木でビレイ。根本は生きているものの、雪の重みに耐えかねたのか、バキッと折れ曲がっている。終日天気は穏やかだったが、すでにベタベタに塗れたヤッケでは、寒さが身にしみる。
 5p、はじめは左手、雪のついた岩壁にトライ。これはあまりにも気持ち悪すぎるので、いったんビレイ点まで降りて、再度右手の氷に取り付く。1段乗越すと、さらにもう1段。まだあったんか、ハァしんど。
 もう夕暮れも近いし、十分満足したし、終了点までトラバースできそうだし……。ということで最後の氷は割愛し、ブッシュ混じりの雪壁を左上する。そこら中にある幹でやたらとランニングをとり、50m一杯のばしてともかく終了とする。二人そろって一息ついた時には、すでに5時になっていた。予想以上の時間のかかりように、少なからずびっくり。暗くならないうちに、解説ではよくわからない下降路を探すことにする。
 ブライダルベールの上部をトラバースし、右岸の尾根を登りだすと、かすかなトレースを発見。とりあえずこれを追っていくと、上下にわかれてどちらも奥までつづいているようだった。変に下るよりも、「赤ペンキのついた廃道」を見つけるまでは登り続けたほうがマシと考え、上へ向かう。が、程なくしてトレースは途絶えることとなる。どうやら先行者も迷って引き返したらしい。日没はとおに過ぎて、ヘッドラン行動の真っ最中。下降路探しは明るくなってから仕切り直すのが賢明と判断し、ここでビバークとする。
 幸い樹林帯の中だし、風もないのでツェルトはきっちり張れる。月はくっきり輝いて、雨の心配はなさそうだ。ただ、ガスもアルコールも下にデポしてきたのがつらい。もともと少なめの行動食はまたたく間に食べ尽くし、非常食のみの一晩かと腹をくくる。その矢先、杉山さんのザックから大量の行動食が。なんと朝飯用にパン2個を残しておいても、さらに2個のパンを二人で分けて食べれたのだ。謝謝。

2月11日 曇り
 下降 寒くておちおち寝てもいられないが、暖かいものを飲むと少しはうとうとできる。靴下がグッショリ濡れていて、替えの靴下をデポしてきたことが悔やまれてならなかった。
 5時半になるのを待って、出発の準備にとりかかる。それにしても天気が落ち着いていると気持ちも落ち着いて、きわめて心強い。
 昨日みつけていた下向きのトレースを偵察。3ルンゼへ突き出す小さな尾根を下っているらしく、方向的には正しそうだ。昨日登りながら見ていた様子では、末端までなだらかに下っていく感じではなかったので、最後はルンゼの芯に向かって懸垂だろう。ほどなくして、予想通りすっぱり切れ落ちた断崖の上に出る。
 そこはブライダルベール右岸のさらに奥、強烈なオーバーハングに垂れ下がる大きなつららのてっぺんだった。ビバークして正解だったと、この時ばかりは実感した。暗闇の中で、こんな空中懸垂をするのはお断りだから。
 結局懸垂3回で3ルンゼに到達し、あとは沢芯をラッセルしてひたすら下降。デブリの上を歩くのは気持ち悪いが、ここはしかたない。出合に降りてデポを回収し、置き去りにした行動食を一気にほおばった。ここまでくればもう安心、あとは2時間の我慢大会が控えているだけだ。

(北山 記)


<行動記録>
2/10 奈良田 6:00〜3ルンゼ出合 8:40-9:30〜右のナメ滝取付 10:40〜終了点 17:00〜B.P. 18:50
2/11 B.P. 6:10〜3ルンゼ出合 8:25-9:00〜奈良田 11:20


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泉州山岳会